総説 第44回地盤工学研究発表会(横浜大会)を終えて

東畑 郁生

第44回地盤工学研究発表会実行委員会委員長、東京大学教授

1. はじめに

 3年も前から議論しながら準備してきた地盤工学研究発表会の横浜大会も、ついに終了した。数々の新機軸を盛り込んで遂行したこの大会は、今後の地盤工学研究発表会のあり方に影響を与え続けるものと思っている。それが良い影響なのか悪い影響なのか、その判断は後世に委ねるが、何かと引き合いに出してもらえるものにはできた、と思っている。

2. 研究発表会運営の基本方針

 研究発表会は、それだけで独立して存在するものではないし、研究発表だけの場でもない。特に近年のように、学会内外で状況が厳しさを増す時代には、研究発表会も状態好転の役割を果たさなければならない。それでは厳しい状況とは何か。それは、@経済情勢の悪化に伴う特別会員の苦境と退会、A若手会員の減少、B地盤工学を含む公共事業に対する社会的バッシング、である。他方、今年はC地盤工学会の創立60周年の記念行事が全国各地で繰り広げられ、研究発表会もその一環として位置づけられてきた。これらの周辺状況の観点から、横浜での研究発表会の運営方針が決まっていった。

2.1 特別会員に関して

 特別会員(法人など)の減少は、会員各位の予算削減、経済的な苦境が理由である。地盤工学会単独の力で経済状況を好転させる力は無いに決まっているが、会員の苦境克服の努力を少しでもお手伝いすることは、学会として当然の責務である。以下、具体論に入る。

 従来の研究発表会は、市民会館などの会議場を借りて、開かれてきた。空調が完備し、研究発表用の機材も整い、運営に慣れたスタッフのいる会議場で研究発表会を開くことは、その昔、暑い大学の講義室でやっていた発表会に比べて極楽とも呼ぶことができた。ところが問題は、その賃貸料である。たとえば14会場を3日間借り、これに特別講演会用の講堂や実行委員会室の借用、前後の準備と片付け期間まで合わせると、たとえば500万円ほどの料金となる。この費用を捻出するために、従来は技術展示会のブース出展を特別会員にお願いし、1ブースあたり25万円ほどのお金を頂いて来た。これが近年の特別会員には重荷になっており、特に平成21年のように国内で他に3つのIS(国際シンポジウム)が開かれた年は、そちらでも展示出展があったため、あまりにも過酷な負担になるもの、と危惧した。

 そこで解決策として、廉価な大学施設を借用することに決定した。関東学院大学当局には厚く感謝している。東京からやや遠かったが、都内と違って自分のセッションだけですぐ職場に帰る参加者は少なくて済んだはずである。ただし、発表会の開催時期について、従来無かった問題に直面した。まず7月中は講義や期末試験が行われており、大学の教室は借りられない。そこで8月初めを考えたが、会場となった関東学院大学では落第者のための追試験の期間にあたり、やはり教室は借りられなかった。この時期を過ぎると8月中旬のお盆のシーズンとなり、発表会を開催することができない。そして8月下旬には各大学の大学院入学試験が始まり、研究発表会への出張や学生派遣が困難になる。それが終わって9月になると、建築学会や土木学会の発表会の時期となり、これらと重複することはできない。開催時期について地盤工学会が教育機関あてに行ったアンケート調査を拝見すると、7月中はJABEEの制約で休講と学会出張がむずかしいというご指摘もあり、さらに大学のオープンキャンパスという経営上の一大行事が8月初頭にあり、下旬には地すべり学会の研究発表会もあり、万人に都合の良い開催時期はないことがわかった。結果としてお盆明け直後の8月18日からの三日間を選んだが、この時期は暑い上、お盆直後で航空運賃が高いままであり、学生を連れてくることが困難、地方の切捨てか、という厳しいご批判もいただいた。しかし今年は、特別会員の負担軽減という全国各支部共通の課題に対処することを、他の問題より優先した。また、苦しい中でも技術展示会に出展いただいた三十の会員や会社各位の努力には、4件を選んで優秀展示表彰することによって、ささやかながらも感謝の意を表することにした。

2.2 若手会員に関して

 若手会員の減少は社会の産業構造の変化や若年人口の減少とも関係しており、学会単独では解決することができない。しかし努力によって問題を軽減することは可能であろう。Cの60周年記念行事も、若い世代へのアピールを重視していた。今年の研究発表会では、あれやこれやのイベントを実行し、面白い研究発表会にしようと努力した。これら並行イベントは、主として関東支部の行事であるが、これらを全国の研究発表会と同じ会場で行うことにより、お祭りとしての性格を強めたのである。

 まず、大学や高等専門学校の対抗によるソイルタワーコンテストである。これは、砂やロームや砂礫など7種類の材料を用意し、これを自由な配合で混ぜ合わせ、含水比や締め固めエネルギーも自由に決めて所定の寸法の柱を作ってもらう。そして鉛直耐荷力が最大であったチームが優勝、というイベントである。各チーム工夫を凝らしたおかげで全チームとも用意したおもりでは崩壊せず、優劣つかず全員一位という意外な結果になった。

 次に、子供の頃から土に親しんでもらうため、アート泥団子を開催した。地元の小学校低学年に人気爆発で、粘土をこねて色づけに興ずる子供たちで、会場は大騒ぎであった。さらに、小学生から中高生を対象の絵画コンテストを開いた。これは大地のイメージを絵に表現してください、というコンテストで、これも地盤というものへの関心を若い世代に持ってもらうための企画である。そして優秀作の著作権は地盤工学会関東支部に委任していただき、今後の学会宣伝に使わせていただくことにした。審査委員に高名な方々をお願いした効果もあり、私自身とても気に入る入選作をいただくことができた。

2.3 公共事業のイメージ改善に関して

 先ごろ行われた衆議院の総選挙でも争点のひとつになっていたが、それにしても近年の公共事業に関する世間のイメージは悪すぎる。それに従事するエンジニアも含め、無駄遣い悪の巣窟、という感じである。某横綱や元アイドルの例からわかるように世論とはそういうものかも知れないが、それにしても全否定は間違っている。すでにわが国から国際ハブ空港やハブ港湾が消え去り、橋やライフラインが老朽化して社会の能率が下がり、その結果として国際社会の中で経済競争力が落魄し、さらには自然災害への耐久力が落ち、遅まきながらも対応を始めようとしても悪者扱いされてきた分野にはろくな人材がいない、という事態が起こりつつある。反省と改善すべきところは当然改めなければならないが、是々非々で見ていただきたい、というのが、社会へのお願いである。

 このような主張を会員だけでなく一般市民にも伝えたい。この思いから、研究発表会二日目午後の特別講演会を市民にも無料公開し、主張にふさわしい講師を招聘した。講演内容は後続の記事で詳しく紹介するが、講師人選のポイントは二つあった。第一は、建設公共事業の意義を正当に評価して市民やマスコミに主張できる方である。候補者として4人を選び、比較検討した。その結果、商社出身のエコノミストは建設事業の内容にまで立ち入って論評する能力が無い、政治評論出身の候補は官庁におもねる論評や幼稚すぎる議論が目立ち、市民の厳しい批判には耐えられない、官庁出身の方は、経歴が中立とは判断していただけないことから、いずれも不採用とした。そして最終的に、東京都市大学の学長で建設公共事業のあらゆる面に知識と経験が深く、独自の主張をも持つ中村英夫氏を選択した。

 講師がすばらしくても会場に人が、特に市民が、来てくださらなければ、目的が達せられない。すると集客力のある著名人を講師に招くことが絶対に必要である。そこで一年以上前から田中眞紀子衆議院議員に講師をお願いした。まさか総選挙がここまで延びるとは思わなかったため一年間悩乱したが、最終的には公示日翌日の講演、という紙一重で講演が実現した。個性の強い政治家を講師に招くことについては賛否両論あることは承知している。しかし特定の政治家を「全否定」していては公共事業「全否定」に反論することはできないし、立場の異なる主張を聞いて自らの意見を磨くことは、民主主義の国では当然の行為でもあろう。田中氏にお願いしていた講演内容は、動乱の21世紀を迎えて国の将来を占う上で、日本人に努力や根性を尊ぶ風潮が薄れていることは由々しき状況である、表面的なかっこよさに流されてはならない、ということであった。そして氏の身近な方を例に挙げて根性と努力の話をしてください、とお願いした。結果的には少し異なる内容になったが、会場が満員になった、ということを見れば、企画は成功したのである。

3. 開催状況

 投稿論文総数が987編、研究発表会参加者総数が1630人で、近年の厳しい状況の中では成功と言って良い。羽田空港D滑走路や鎌倉の歴史見学も併せ、行事の運営には、南関東の各大学の若手教員や学生諸君の主体的な参加協力をいただいた。彼らが一つ一つの事柄について責任感を持って考え、実行してくれたことが、発表会の運営をつつがなく楽しく終わらせた最大の原動力であった。専門スタッフのいない大学で発表会を開催するときは、若い世代の力を発揮してもらうことが不可欠である。そしてシニアの人間は、問題が生じたときの責任をすべて負う覚悟だけは定めておかなければならない。

4. 終わりに

 横浜市内のロイヤルパークホテルで地盤工学会60周年の記念祝典と交流会(懇親会)を開催した。苦労をされている多くの会員を励まし元気づけ、根性をもって努力していただくことは、学会運営の根本であろう。3で述べたような多くのイベントを開催して若い世代を多く集めることもその一環であるし、特別講演会に一般市民が多く集まることも、公益法人を目指す地盤工学会の意気を高める効果がある。同じ観点から60周年式典も立派な会場で開催し、スピーチも土木学会、国土交通省、土木工業協会の重鎮の方々をお招きした。スピーチ内容は当然、エンジニアの激励をお願いした。

 数多くの困難が続く時代ではある。しかし日本の歴史を振り返れば、16世紀の戦国時代や昭和20年代の苦難はもっと大きかったであろう。金銭的なご苦労は多々あれど、精神的な豊かさはそれに汚されるものではない。会員各位におかれては、高潔な精神をもって社会の模範として困難に立ち向かっていただきたい。それが今年の研究発表会が発している根本的なメッセージである。最後になったが関東建設弘済会の財政支援に深謝する。

  

関東学院大学                                     研究発表

  

技術展示ブース                                   記念式典(来賓挨拶)

  

記念式典(浅岡会長挨拶)                             祝賀会